
国土交通省「宇宙無人建設革新プロジェクト」におけるAGX Dynamicsの活用事例
Executive Summary
コマツ、鹿島建設、有人宇宙システムの3社は、国土交通省主導の「宇宙無人建設革新プロジェクト」の下、月面での建設活動を視野に、物理エンジン「AGX Dynamics」を活用した先進的な研究開発に取り組んでいます。本ホワイトペーパーでは、それぞれの取り組み内容紹介を通じて、AGX Dynamicsがどのように活用されたか紹介します。コマツはデジタルツイン技術とAGX Dynamicsによる高精度掘削シミュレーションを通じ、月面建設機械のリアルな挙動再現を実現。鹿島建設は自律遠隔施工技術開発を仮想環境で実施するためのシミュレーションプラットフォームとシミュレーションの大規模化を検討。有人宇宙システムはUnreal Engine 5とAGX Dynamicsを連携させ、月面環境のデジタルツイン上で建設システム全体の概念設計と運用検討を行っています。

背景
コマツの事例
「デジタルツイン技術を活用した、 月面環境に適応する建設機械実現のための研究開発」
月面無人建設の実現に向け、AGX Dynamicsを用いた高精度なデジタルツイン環境を構築。AGXはマルチボディダイナミクスと離散要素法の連成解析が可能であり、本研究では建設機械モデルと月面模擬土FJS-1に基づく土質モデルを統合した。 掘削時の抵抗力や土の挙動をシミュレーションし、地上での掘削試験と比較することで物理的妥当性を検証した。結果として、バケットにかかる抵抗力や掘削土量に高い一致を確認し、月面での掘削1回あたり約200kgの土量、約8kJのエネルギー消費が可能と評価された。 また、施工計画を仮想的に評価する施工シミュレータも構築し、エネルギーや作業効率の最適化にも寄与する。本手法は、宇宙施工に限らず、地上建設分野への応用可能性も示唆している。
鹿島建設の事例
建設環境に適応する自律遠隔施工技術の開発 – 次世代施工システムの宇宙適用
出典:https://robot-jsce.jp/wp-content/uploads/2024/10/240904_1-1.pdf?utm_source=chatgpt.com
出典:大規模施工模擬を実現するシミュレーション・プラットフォームの検討
鹿島建設は、国土交通省「宇宙無人建設革新プロジェクト」において、建設環境に適応する自律遠隔施工技術の開発 – 次世代施工システムの宇宙適用に取り組んでいる。月面では事前の模擬試験やシミュレーションが困難であり、効率的な開発のためには、月面仮想環境下での自律遠隔施工を模擬した試験と課題検討~実証検証が重要とされる。本プロジェクトでは、地上での自律遠隔施工の成果を相互利用できるシミュレーションプラットフォームを構築。異なるアーキテクチャを持つシミュレータ間の連携による分散シミュレーションを実施し、複数台の機械の連携や月面大規模施工シミュレーションに対応している。
有人宇宙システム(JAMSS)の事例
「デジタルツイン技術を活用した、 月面環境に適応する建設機械実現のための研究開発」
出典:成原 一浩, トータル月面建設システムのモデル構築. 土木学会建設用ロボット委員会 第2回月面建設技術シンポジウム. 2024,
URL: https://robot-jsce.jp/wp-content/uploads/2024/01/08fe5c20fe209aaf3e0b2311248ab582.pdf,
月面全体のインフラ建設を対象としたデジタルツイン環境の構築を目的とし、Unreal Engine 5と物理エンジン「AGX Dynamics」を組み合わせたシミュレータを開発した。LRO(Lunar Reconnaissance Orbiter)由来の地形データを元に、南極域の地形勾配や障害物を再現。これを基盤に、月面着陸地点や資源採掘・運搬ルート、インフラ設置配置などの建設シナリオ全体を仮想空間上でモデリングし、施工手順・機器配置・自律運用戦略の設計評価を行う枠組みを示す。 さらに地上建設技術との相互技術開発の視点も重視されており、地上工事の施工プロセス・設計手法を月面技術と共有可能とすることで、両者の技術成熟向上と開発効率の向上を狙う 。最終的には、段階的にTRL(技術成熟度)を引き上げ、宇宙機開発メーカーと連携しながら実運用へと移行する。
Interview

− なぜこの3社は本プロジェクトでAGX Dynamicsを採用したと考えているのか?
永原)まずベースの部分で共通しているのは、月面という低重力環境で、かつレゴリスに覆われた地球とは異なった環境で活用される技術開発にトライされる中で、シミュレーションの重要性を強く認識されていること。 そのうえで、3社の共通点は月面での土壌シミュレーションを実施したい。 コマツはショベルと土、履帯と土のインタラクション、有人宇宙システムはローバー走破性をもとに最適ルート探索、鹿島は自律遠隔施工技術に必要な掘削、積み込みの再現を行いたい。 このときに重要になるのは、シミュレーションのパフォーマンスと正確性と両立で、この点が評価されたと考えている。
今回、正確性という意味では、コマツはエネルギー消費量をシミュレーションで導き出されていた。月面で重要となるエネルギーマネジメントに物理シミュレーションが活用できることを示されたのはわたしたちにとっても新しい発見。 鹿島建設、有人宇宙システムは大規模な環境を再現する必要があったため、パフォーマンスが重要。Terrain Pagingなどのユーザーの要望に応えられるAGX Dynamicsの新機能を提供できたことが一助になったと考えている。 今回の事例には含まれていないが、本プロジェクト内では熊谷組が物資運搬の索道検討にAGXのワイヤー機能を用いた物理シミュレーションの基礎検討を実施されている。土壌以外にも活用が進むのではないかと期待している。
− VMTが果たした役割は?
有人宇宙システムを除いた2社は、以前からAGXを活用いただいており、シミュレーション環境構築のお手伝いをしたことがある会社になる。地球上での活動のサポートを月面に展開したという形。コマツはAGX開発元のAlgoryx社との連携で本プロジェクトを進めており、他2社は当社がサポートする形で実施させていただいた。Algoryx社と当社は密に連携を取っており、どちらからでもサポートが可能。
− 月面施工での物理シュミレーション活用の今後の展望はどう考えているか
月面の活動では、人の関与を最少限に抑えることが重要になると考えている。そのために自律施工や自律走行の技術開発がカギを握ると考えており、特殊環境でのそのような技術開発ではシミュレーションの重要性が高まる。シミュレーションが技術開発のプラットフォームになっていくことを期待している。
そのために必要な技術、例えばレゴリス上のタイヤや履帯での走行時のインタラクションの再現性を向上したり、センサー類をシミュレーション環境内で使いやすくすること、さらにはさまざまなソリューションと連携しやすくすることも必要だと考えている。ユーザーとのコミュニケーションを大切にしながら、これらの開発を進めていきたい。

また、これは月面シミュレーションだけの話ではないが、シミュレーション構築に必要な工数を下げて、シミュレーションにトライする敷居下げたい。社内でいくつか取り組みを進めているので、月面シミュレーションに関係されている方々にも展開していきたい。
●AGX Dynamicsについて
高速性と正確性を両立し、高い安定性を誇る最先端の物理エンジンです。多くの訓練シミュレータ、エンジニアリング用途シミュレーション、大規模な粒子シミュレーションなどで活用されています。スウェーデンのAlgoryx Simulation AB社が開発し、日本ではVMC Motion Technologies株式会社が販売、サポート提供を行っています。
●アルテミス計画について
アルテミス計画は、NASAが提案している月面探査プログラムです。2025年以降に月面に人類を送り、ゲートウェイ(月周回有人拠点)計画を通じて、月に物資を運び、月面拠点を建設、月での持続的な活動を目指しています。
●VMC Motion Technologies株式会社について
VMC Motion Technologies株式会社は、2019年10月に創業した物理シミュレーション開発を中心とする技術コンサルティング企業。物理エンジン「AGX Dynamics」の販売代理、実装サポートを行うとともに、ユーザーが再現したい物理シミュレーションを、実用レベルに作り込むための技術コンサルティングや、受託開発を手掛けています。