
AGX Dynamicsが拓く高精度シミュレーション
コレオノイド開発者・中岡慎一郎氏インタビュー
katuykka
本事例は、災害対応ロボット競技という極限環境を舞台に、軽快な統合ロボットシミュレータ「Choreonoid」(コレオノイド)と高精度・高安定な物理エンジン「AGX Dynamics」を組み合わせ、要求の厳しいシミュレーションを実現した事例である。 複数台ロボットの協調動作、自由に動く対象の操作、環境物体との複雑な接触——これらをリアルタイムかつ安定して再現するために選ばれた技術と、その導入プロセスを開発者であり株式会社コレオノイド代表の中岡慎一郎氏が語る。
目的に応じて物理エンジンを選択できる統合GUIフレームワーク「Choreonoid」
産業技術総合研究所(産総研)発のオープンソース統合ロボットシミュレータ「Choreonoid」は、ロボットや環境のモデルを読み込み、制御プログラムと結びつけて実行・評価できるシミュレーション基盤だ。開発者の中岡慎一郎氏(株式会社コレオノイド代表)は「軽快に動作し、拡張性も高いのが特徴です」と語る。Choreonoidでは、物理エンジンもプラグインによって自由に組み込める設計となっており、産総研で開発された標準エンジンのほか、AGX DynamicsやOpen Dynamics Engineといった外部エンジンも選べる。この「物理エンジンの選択自由度」が、さまざまな用途への適応力を支えている。

株式会社コレオノイド代表 中岡慎一郎氏
AGX Dynamicsとの出会い:災害対応ロボットのシミュレーションを実現可能な物理エンジン
2018年に開催されたWorld Robot Summit(WRS)の災害対応競技では、Choreonoid上でのシミュレーションによる競技が求められた。この際、複数台のロボットが環境と複雑に接触しながらタスクを遂行する動作を、関節数や物体数が増えてもリアルタイム性を保ちながらシミュレートする必要があった。しかし、これは従来の物理エンジンでは難しく、精度・安定性とともに高いスケーラビリティが求められた。そこでAGX Dynamicsの導入を検討し、検証の結果、要求を満たす性能が確認されたため採用が決定された。
AGX Dynamicsは、スウェーデンのAlgoryx Simulation ABが開発した商用物理エンジンで、VMC Motion Technologies(以下、VMT)が国内代理店としてライセンス提供と技術サポートを行っている。剛体や関節、摩擦や接触からなる複雑な力学系を、高速・高精度・高安定に解くことを特長としており、特に物体数や拘束数が増えても計算速度とリアルタイム性を維持できるスケーラビリティの高さは、他のエンジンと比較しても大きな強みである。さらに、他の物理エンジンでは再現が難しい特殊な駆動機構や柔軟な部材の挙動にも対応できる柔軟性を備えており、これも大きな差別化ポイントとなっている。
中岡氏はAGX導入の理由をこう説明する。
「WRSで求められた消火作業では、消火栓のノブを操作し扉を開け、ホースの先端を引きずり出してノズルと接続し、バルブを開け、ノズルのレバーを操作することが求められました
――こうした物理的インタラクションを安定して再現するには、計算が発散しない“安定性”が絶対条件です。AGXはその点で他の候補と比べて圧倒的に安定しており、ホースやクローラなどの複雑な構造も含めて忠実に再現できました。『AGXでなければ無理だ』と感じました。」

World Robot Summit(WRS)2018での競技の模様。ホースの操作の再現が実現された。
出典:World Robot Summit(WRS)2018公式動画
AGXは内部処理が複雑な分だけ計算コストは高いが、物体数や拘束数に対する計算速度のスケーラビリティが高く、複数台のロボットによる協調動作や、競技フィールドに多数の環境物体がある場合にも対応できた。当時のPC環境での中岡氏の検証では、タイムステップを約5ミリ秒に調整することで、リアルタイムに近い速度を維持しつつ、バルブ操作や履帯走行などを安定してシミュレーションすることが可能だった。これは、安定性と計算スケーラビリティの両立が求められる現場で大きな強みとなる。
この成果を契機に、Choreonoid+AGXによる災害対応ロボットシミュレーションは高く評価され、その後のWRS2020、WRS2025においても採用が続いている。
Choreonoid × AGX:オープンなフレームワークと高忠実度エンジンの融合
Choreonoid本体は軽量で扱いやすいGUIやPython API、ROS連携といったインタフェース面の利便性に優れ、研究者やエンジニアが短時間でシミュレーションを立ち上げられる。また、Choreonoidのプラグインアーキテクチャにより、AGX以外の物理エンジンやセンサシミュレーションも用途に応じて追加できる。将来的に別の機能を組み込みたい場合も、既存資産を活かしながら発展させられる。一方AGX Dynamicsは、クローラーやワイヤーといった高度な機構を高精度に再現できる物理計算部分を担う。二者を組み合わせることで以下のようなメリットが生まれる。
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安定性と高忠実度
AGXのコアソルバーは複数の接触や拘束条件を同時に解き、バルブ操作や履帯走行、機械とワイヤーの相互作用の再現などを実物さながらに計算する。さらに、物体数や拘束数が増えても計算速度のスケーラビリティが高く、リアルタイム性を維持できるため、複数台のロボット協調や環境物体の多いシナリオでも安定したシミュレーションが可能となる。これはオープンソース系物理エンジンでは難しかった領域であり、エンジニアは制御アルゴリズムの検証に集中できる。
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迅速な試行と開発サイクルの短縮
Choreonoidは起動が速く、プロジェクトの作成も効率的に行える。AGXプラグインを読み込むだけで、高精度エンジンの恩恵を受けられるため、設定やトラブルシューティングに時間を取られない。
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VMTのサポート
AGX DynamicsはVMTが代理店として国内に提供しており、ライセンス供給だけでなく導入支援や技術サポートを受けられる。中岡氏も「まず、トライアルで利用できたことが大きかった。安定性の凄さを目の当たりにしたことで導入を決意できた。」「競技会用のクローラー機能実装でVMTを介し、綿密なサポートを得られた。加えて直接Algoryx社の本社ともスムーズに連携し、短期間で成果を出すことができた」とのこと。
実際の効果:災害対応ロボット競技で証明された信頼性
2018年のWorld Robot Summit大会の記念となる第一回大会では、トンネル事故災害対応チャレンジにChoreonoid+AGXが採用された。各参加チームは2台の仮想ロボットを連携させて、消火栓を用いた消火活動等のタスクでポイントを競ったが、AGXが全ての接触・摩擦を安定して計算したため、ロボットが吹き飛ぶといったトラブルは起きなかった。中岡氏は解説席から「計算が安定しているからこそ競技として成立した」と振り返る。オープンソースのChoreonoidに高精度エンジンを組み合わせる意義が、公の場で実証された瞬間だった。
本件のAGX Dynamicsの導入のポイント
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用途に応じたエンジン選択を前提にする
シミュレーション開発では、検証したい内容に応じて必要な精度や処理速度が変わる。Choreonoidは物理エンジンを自由に差し替えられるので、単純な検証には標準エンジンを、複雑な接触やクローラーを扱う場合にはAGXを、と使い分ける設計思想が有効だ。
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安定性を重視したシナリオで本領を発揮
消火栓の操作のように、自由に動く対象を掴み、そのまま力を加えて操作を続ける動作は計算が発散しやすく、並のエンジンでは不安定になりがちだ。AGXはこうした連続的かつ複雑な接触条件下でも計算が破綻しにくく、安定したシミュレーションを実現できる。
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開発サイクルを短縮する軽快なフロントエンド
Choreonoidは軽快な操作感とプロジェクト作成の手軽さが大きな武器であり、工学的な検証を繰り返すエンジニアにとってストレスが少ない。従来の重いシミュレーターに不満を感じている現場ほど効果を実感しやすい。
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VMTのサポートによる安心感
AGX Dynamicsは商用ソフトウェアであり、VMTが技術サポートを提供している。ライセンス導入の相談やカスタム機能の開発支援を受けることで、初めてのユーザーでもスムーズに活用できる。

「Choreonoid」は軽快に動作し、拡張性も高いのが特徴。
AGX Dynamicsが可能にした強みによって、より進化した環境へ。
ChoreonoidとAGX Dynamicsは、それぞれ異なる強みを持つ。Choreonoidはオープンソースで軽快かつ柔軟な統合ロボットシミュレータフレームワークであり、エンジニアが自由に構成を組み替えられる。一方AGX Dynamicsは、複雑な機構を高精度・高安定に計算できる物理エンジンとして、ロボットや重機開発に求められる忠実度を提供する。両者を組み合わせることで、軽快さと高忠実度を両立したシミュレーション環境が実現し、エンジニアはより信頼性の高い検証結果を得られる。これにより、多様な環境下での可能性が格段に広がった。まさにこのプロジェクトは、エンジニアが安心して高度な物理シミュレーションに挑戦できる環境を、一段と進化させることに繋がったと言えるかも知れない。

- 株式会社コレオノイド 事業内容
- オープンソース・ロボット統合GUIシミュレータ「Choreonoid」の開発・提供および事業化
●AGX Dynamicsについて
高速性と正確性を両立し、高い安定性を誇る最先端の物理エンジンです。多くの訓練シミュレータ、エンジニアリング用途シミュレーション、大規模な粒子シミュレーションなどで活用されています。スウェーデンのAlgoryx Simulation AB社が開発し、日本ではVMC Motion Technologies株式会社が販売、サポート提供を行っています。
●VMC Motion Technologies株式会社について
VMC Motion Technologies株式会社は、2019年10月に創業した物理シミュレーション開発を中心とする技術コンサルティング企業。物理エンジン「AGX Dynamics」の販売代理、実装サポートを行うとともに、ユーザーが再現したい物理シミュレーションを、実用レベルに作り込むための技術コンサルティングや、受託開発を手掛けています。